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あれから10年 その2 [こまごま]

東日本大震災から10年

ひとつ前の記事で書ききれなかったこと
とりとめなく思い出したことを書いた散漫な文章です

帰宅難民にはなりましたが、幸い勤務先が従業員用に
建物を開放して居場所には困りませんでした。

ただし、余震で建物が歪み窓や扉が開かなくなった場合に
迅速に外に出られなくなるとすべて開け放したまま
外と変わらない環境でした

当日たまたま、スラックスにダウンのロングコート
襟元にはシルクのスカーフ、ムートンの手袋と防寒対策バッチリ
このおかげで、他の人に比べて寒さを感じにくかった

特に襟元、手指を防寒するものがないと寒さをより感じたようです
会社は仮眠者用の毛布を配布しましたが2~3人に一枚しかいきわたり
ませんでした

毛布を床に敷き5~6人で車座になって、もう一枚を炬燵掛けのように
して寒さをしのぎましたが、職場の同僚や知り合いばかりだったから
譲り合いも円滑にでき、寄り集まって暖を取れたのかも

雑誌や新聞を持っていてお尻の下に敷いけたら良かったかな
体育館の床やコンクリートの床に毛布一枚では快適とは言い難い

防災用アルミシートはコンパクトで断熱効果も高いのですが
風が強いところでは体に巻きるけることが難しそう

避難場所で困ったのは、トイレの後手洗いができなかったこと
センサー式自動水栓のため電気が無いと水が出ない!
コロナなど感染症対策に威力を発揮するので、昨年から
センサー式自動水栓に交換するところが増えていますけど、
停電時について考えているのかしら?

帰宅難民になった地域は停電していたことから
次のものがあれば良かった

手回し式発電ラジオ:停電時には、ほとんど携帯の電話、
メール、ネットが使いものにならなかったため、
情報が入手できませんでした。
電池が無くても動くこれは優れ物。持ち運びは
大変なので自宅や職場に常備しておくと良さそうです。

携帯電話充電キット:いざというときに電池切れが起きないように。
取りあえず一回くらい充電できると心強い。
現在はスマホが主流なので、当時より電池の持ちが悪いかも....

飲料水や飴、チョコレートなど空腹しのぎの食料
前の記事でも書いていますが、停電するとレジが停止します
その後、電卓などを使って即販売を開始するか否かはわかりません
当然ですが自動販売機も止まるものが多いでしょう

カバンに飴くらい入れておこうと思いました

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職場から自宅までの距離が10kmを超える人でも
家族や家が心配で歩いて帰宅した人が多数いました

そのくらい歩けるだろうと思ってしまったようですが
途中で道に迷って困ったり、予想以上に疲れて後悔した人も
それなりにました

日ごろから長い距離を歩いていない人は、なんとかなるっしょ
という根拠のない自信で歩いて帰宅することは止めた方がよいかも

どうしても家に帰らなければならない事情のある方は
事前に一度は職場から家まで歩いてルートの確認を
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あれから10年 [こまごま]

東日本大震災から10年

思い出したことの羅列で、とても長いです

当時の職場は建築後半世紀くらいの古いビル
揺れ始めは前々日の宮城県での地震と似ていたことから
それの余震でそんなに大きくはないだろうと思ってました

ところが、あっという間に大きな揺れ
四つん這いにならないと耐えらない
耐震震度6で設置されていた複合機が数メートル移動
事務机の引き出しが出たり入ったり

このままビルが倒壊して生き埋めになって
死ぬのかもと思いましたが
耐震性能はバッチリで崩れたりはしませんでした

会社のマニュアルでは館内放送に従って順次外へ
退避ですが、地震の最中に停電! 指示は出ない

避難訓練で何度も繰り返したとおり
職場の防災責任者が音頭を取って、フロアごとに
整然と屋外へ避難

地震の恐怖で全員気が動転してたけれど
迷うことなく行動に移せたのは訓練の成果だと思う

毎年とか半期に一回とか避難訓練する必要あるの?
と思ってたけれど、声を大にして言います必要です!
訓練では身一つで避難することになっていましたが
建屋に戻れない可能性を考えてカバンを持ち上着を着て
退去するようにと指示した部長 ナイス!

でも、電車は止まり運転再開の見通しは不明
会社が平屋で倒壊の危険が少ないと判断した
建物を開放して帰宅できない人はそこで夜を過ごすことに

取りあえず飲食物をと思っても
お店はレジが動作しないため閉店
職場のおやつにと買っておいたチョコレートと
飲みかけのペットボトルを持ってきてよかった

薄暗い建物の中で職場の人と夜明かしするしかないよね
どのくらいの被害が出ているのかなぁ など

携帯もつながらず情報は限定的
・東京で建物の天井が落ちて亡くなった人がいた
・震源はおとといと同じらしい
・東北には津波が来ているらしい

会社が毛布、α化米や飲料水を配布して
一息ついたころには、日が暮れて真っ暗に

しばらくして電気が回復
これだけで、なんだか気持ちが上向いた

少しずつ東北の被害の情報が入ってきていたようですが
不安が増すダケと総務が判断したのか、停電や公共交通機関の
今後の見通しなど 自分たちに直接関係のあることのみが
伝えられてました


翌日帰宅してテレビを見て 想像を超える事態に大変驚きました

そして、即 買い出しに行かねば 寝るのはその後だと
ガソリンを満タンにしてから
24時間営業のスーパーへ 

パンとカップ麺の棚は空でしたが、お米は少し品薄かもレベルでした
いつもは5kg袋だけれど、なんとなく10kg袋を購入

ガソリンとお米は この初動が功を奏して
その後に起きた米とガソリン不足で
困ることはありませんでした

電池は元々買いだめしてあったし、ランタンや懐中電灯は
複数を家の中のあちこちに設置してあり
計画停電もなんとか乗り切れた

原発の事故...
避難指示範囲から少し離れた所に住んでいる親族
家族全員が高齢者だから放射線の影響より避難して
慣れない所で暮らす方が体に悪いから と自宅で暮らしてましたが
宅配便含め一般流通が途絶え食料、日用品、ガソリンなどの
購入に困ってました

物資が潤沢にある所まで車で行ってまとめ買いしたそう

海から1キロ半ほどの祖父母の家は津波が来ました
地形の関係で水は山の方から流れて来たそうで
誰も津波とは思わず 右往左往するばかり

人的被害はなかったのですが、ご近所さんは軒並み床上浸水
祖父が30cmほど土盛りして家を建てていたことで
かろうじて床下浸水ですみました


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